「寝顔がかわいい」の話

親に「あんたは寝顔がかわいいよ」と言われたことがある。たしか小学校低学年の頃、なにか話の流れで自分のかわいいところを知りたくなって、訊ねてみた時のことだったと思う。

その日は嬉しくて見せつけるようににこにこしながら眠りについたような覚えがあるが、その後改めて振り返って、ただ無表情である寝顔のなにがかわいいのかさっぱり分からず騙されたような気持ちになっていた。

15年以上経って、今は私自身が子を持ち我が子の寝顔というものを見ることができる立場になったわけだが、寝顔、まじでかわいい。

一口に寝顔といっても、子どものそれは眠る度に表情が変わるのだ。口を真一文字に結んでいる時もあればくちばしのように尖らせている時もあり、頬がすっきりしている時もあればこぶとりじいさんのようにもちもちしている時もあり、大変かわいい。

娘が眠るベッドをこっそりのぞいては夫と「かわいいね」「かわいい」などと言い合うのもすっかり日課になっている。

ふと考えたが、私はこのかわいさには、日中の世話で蓄積された負側の感情がベクトルを変えて押し寄せている部分もあるような気がしている。

口に運ぶたび唾とともに吐き出される離乳食、3秒とじっとしていてくれないおむつ替え、隙あらば泡を食べようとする入浴など、乳幼児の世話はかなり目まぐるしい。それらを必死でこなした末眠りについた娘の顔がおだやかで平和なら、報われたような気にもなる。かわいさもひとしおというわけだ。

子を持つと親の気持ちが分かるという話は耳にしたことはあったが、あの時の母もこんな気持ちだったのかと、まさか寝顔がきっかけで思いを馳せることになるとは予想していなかった。

子どもへの愛情の全部を込めた「寝顔がかわいいよ」という言葉を、私も早く娘に言ってみたいものだ。